(仮称)ノソウケ峠風力発電事業 環境影響評価方法書に関する意見書を提出いたしました
日本自然保護協会(NACS-J)は、約10年ぶりにアセス手続きを再開した青森県と岩手県で計画されている「(仮称)ノソウケ峠風力発電事業」の環境影響評価方法書に関し、近接する三陸復興国立公園はじめ自然環境への影響、事業者の親会社の生物多様性方針に反する計画となっているなど、現在の自然環境及び社会状況への配慮を欠いた計画には大きな問題があることから、抜本的な事業の見直しが必要との意見書を提出しました。
2025年5月20日
(仮称)ノソウケ峠風力発電事業における環境影響評価方法書に関する意見書
〒104-0033 東京都中央区新川1-16-10 ミトヨビル2F
公益財団法人 日本自然保護協会
理事長 土屋 俊幸
日本自然保護協会は、自然環境と生物多様性の保全の観点から青森県八戸市及び三戸郡階上町、岩手県九戸郡軽米町及び洋野町で計画されている(仮称)ノソウケ峠風力発電事業(事業者:ENEOSリニューアブル・エナジー株式会社、最大総出力:45,000kW、基数:最大9基程度)の環境影響評価方法書(作成委託事業者:アジア航測株式会社)に関する意見を述べる。
本事業は、アセス手続きを10年間と長期間停止していた、いわば塩漬けの計画であり、十分な環境配慮がある計画と言えないだけでなく、事業者の親会社の生物多様性方針にも反する計画となっているなど、計画そのものに大きな問題があり、事業計画中止を含めた抜本的な見直しが必要である。
1)配慮書発行から10年経過しており、再度アセス手続きのやり直しを行うべきである
本計画では、環境影響評価計画段階環境配慮書が2015年8月に発行されたが、その後、環境影響評価手続きが停止しており、本アセス図書は、約10年ぶりの手続きとなる。このようにアセス手続きを長期間に渡り停滞させている事象については、2025年3月に中央環境審議会から出された、「今後の環境影響評価制度の在り方について(答申)」及び「風力発電事業に係る環境影響評価の在り方について(二次答申)」においても、「環境影響評価手続が実施されている事業の中には、長期的にその後の手続が進められていないもの」があり、「社会状況及び自然環境の変化を踏まえた適正な環境配慮の確保に支障をきたしている場合があるとの指摘がある」と記述されている。本計画はまさに中央環境審議会で問題があると指摘されている、長期的にその後の手続きが進められていない計画に該当する。
このようなアセス手続きの長期間の停止は、適切な環境アセスメントを難しくするだけでなく、地域の合意形成の観点からも不適切と言わざるを得ない。再度アセス手続きのやり直しを行うべきである。
2)本計画はENEOSグループの生物多様性保全の取組にも反している計画である
現在、生物多様性の損失は世界規模で急速に進んでいる。2030年までに、ネイチャーポジティブ、すなわち「生物多様性の損失を止め、反転させる」ための行動をとることが、生物多様性条約やそれに基づく生物多様性国家戦略で重要な使命となっている。
本事業の事業者の親会社であるENEOSホールディングス株式会社は、生物多様性の取組みを紹介しているサイトにて、「生物多様性の保全を重要なテーマと考えており、これをENEOSグループ行動基準に定めています。操業・生産拠点の新設等にあたっては、あらかじめ環境影響調査を行い、植生や鳥類・動物・海洋生物等の生態系を確認するなど、生物多様性に配慮した取り組みを推進しています。」と謳い、生物多様性ガイドラインを定めている(2025年5月16日確認)。さらに、ENEOSグループは、IUCN(国際自然保護連合)の「保護地域(カテゴリー)」を用いて、製造拠点における生物多様性のリスクの把握をしっかり行っている。評価結果には、「各製造拠点から半径5km以内に厳正保護地域、原生自然地域、国立公園および天然記念物(Ⅰa, b、Ⅱ、Ⅲ)に該当する保護区がないことを確認しています。」とあり、このような自然環境への配慮は大変評価できるものである。
しかし、本計画は、三陸復興国立公園の区域から最も近いところで約500mという距離で近接しているだけでなく、全ての風力発電施設の設置場所は、国立公園から5km圏内で計画されている。近接する公園の地種区分は第一種特別地域を含む全域が特別地域となっている。国立公園の特別地域は、優れた風致景観を有する場所であり、生物多様性にとっても大変重要な場所である。上記のENEOSホールディング株式会社のサイトにも記載があるように、生物多様性は「周辺の広大な緑地を豊かな生態系ネットワークの1つとして保全する」ことこそが大切である。本計画は、三陸復興国立公園から広がる生物多様性と生態系ネットワークを毀損するものであり、ENEOSグループの生物多様性ガイドラインに記載のある基本方針と活動方針に反する計画であり、事業計画の抜本的な見直しを求める。
3) 配慮書段階で環境大臣から厳しい意見が出ているにも関わらず、計画の拡大を行っており、計画の大幅な見直しを行うべきである
2014年から2016年に提出された法アセス対象の風力発電事業の配慮書は69件あるが、それに対しての環境大臣意見として環境面への影響が多大であることを理由に、「計画の大幅な見直し」を求めている事業は、全体の約20%にあたる14件であり、そのうちの1件が本計画である。
それにも拘わらず、今回の方法書で示されている事業計画は、配慮書段階の最大出力規模は3万kWから4.5万kWに増大し、対象事業実施区域は約520haから約641haへと拡大している。つまり、本アセス図書で示されている事業計画は、環境大臣意見を反映させて事業の改善を図るどころか、事業規模を拡大し、自然環境への影響を増大させている。このように本事業計画は、環境大臣意見を完全に無視した対応といわざるを得ず、事業計画の抜本的な見直しが必須である。
4)既に施行が決定している青森県自然・地域と再生可能エネルギーとの共生条例に沿った手続きを行うべきである
本計画は、配慮書段階では岩手県内のみの計画であったが、本方法書では青森県をエリアに拡張している。拡張した青森県の区域は、2025年7月に施行予定の「青森県自然・地域と再生可能エネルギーとの共生条例」において、保全地域に該当する。同条例は、条例施行時点において、環境影響評価書の公告を開始している事業及び電気事業法に基づく工事計画の届出をしている事業については、条例の適用外としており、本事業はこれに該当していることから、手続き上の問題はない。しかし、アセス手続き開始時点では青森県内の区域は事業エリアに入っていなかったことに留意し、自然環境の配慮や地元との合意形成を真剣に行うつもりがあるのであれば、既に約1か月後に施行が決定している「青森県自然・地域と再生可能エネルギーとの共生条例」に基づいた手続きを行うべきである。
以上
配慮書時点(2015年)の事業想定区域
方法書での事業実施区域
出典:環境省 自然環境調査Web-GIS 国立公園区域、国土地理院 淡色地図